ヨガのスタイル

私が学び続けるヨガは、現代的なキラキラしたものではありません。

現代のヨガの普及は喜ばしいことですが、長い間大切な「本質」の部分が削り去られてきました。


そもそも「ヨガとは精神統一の手段である」という幼き頃の直感通りにきた私には、どこか違和感があった

「外見重視」の普及の仕方。

それは時として自分を鼓舞するにはいいかもしれない。けれど、本当の自分の人生を満喫するためには

まずはヨガの正しい向き合い方が必要と考えます。


アーユルヴェーダ・ヨガの哲学の元には「タントラ」という普遍の真理が存在します。

これはインドの宗教にのみあるものではなくて、日本の宗教にも繋がるものです。

この世は神の心(識)から作られたもの。タントラの教えは太陽や月、私たちが暮らす地球を含めた大きな宇宙と、私たち一人一人を小宇宙として、この二つの一致させていくという見方をします。



ヨガを通して得るものは。

「頑張ること」に慣れた心と体に「肩の力をぬく」ことを染み込ませてゆきます。

リラックスした呼吸を通して、自分を緩めると本来持っている人間の深さに気がつきます。

無意識の呼吸に身をゆだねると、自然と心が解放されてゆく。

そして内側から小さな光が顔を出します。

ヨガは新たに得るのではなく、もともと持っていたものに気づく時間です。

ヨガはユニバーサルサイエンス(生きるの基盤)

私がお伝えしている伝統的なヨガは、

表面的に見れば「地味」で「退屈そう」な動きの連続です。

なので、鏡を前にエレガントにポーズをチェックしながら身体のラインを綺麗にしていくような

ヨガを望まれる方には「なにこれ?」「つまらない」「よくわからない」そう感じられることも多々あります。

ですが、不思議なことにこのヨガでリラックスした状態を味わうと自分の意識とは別に

無意識に身体が求めたりすることも確かです。


ヨガの案内人として、私はみなさんの無意識に問いかけます。

「リラックス、リラックス」クラスの中では何度もこの言葉が繰り返されます。

頑張ること・耐えることに慣れた潜在意識は「休んではいけない」「〇〇できない自分はだめだ」

「みんなと同じにできなければ」と、リラックスすることに制限をかけます。

だからと言って、休めない自分を責めることはありません。

育ってきた中でただ「頑張る癖」「我慢する癖」「比べる癖」がついてしまった私たち。

自分の意識(わずか数%の顕在意識)とは別のところに、この概念が染み付いているので、

「こうしよう」と思ってもなかなかスムーズに流れることができないのです。

伝統的なヨガやアーユルヴェーダは「これは単なる癖なんだ」ということを気づかせてくれるツールです。

 

「神の存在から離れることが病気の始まり」

古典にある「病気はどこから始まるのか」の一文です。

私たちの現在の文化的習慣となっている「便利で手軽」「効率性・生産性UP」重視の社会は不幸な断片化を

作り出してきました。心をみずに表面的なことに囚われたきたことで、もともとあった精神性を失った私たち。

アーユルヴェーダ の言う健康とは「心・身体・魂」3つがバランスよく保たれて初めて言えること。

古代の人はたくさん天体・自然・自分たち人間を含めた生き物を観察して、神様から授かった知恵や命を大切に

繋げてきてくださいました。しかし、ここ数百年の間に人間重視の偏った社会に変わり果ててしまいました。


「まずはできることを」

世界中で悲しい事件・災害が起こる今。

まずできることは、自分を本来の自分らしいところに帰していくこと。原点回帰です。

アーユルヴェーダ、ヨガ、タントラは私たちが人生を健全に歩んでいける指針となる

健全な科学<生きることの基盤>です。

これらを元に「恐れ」をなくして、「喜び」をもって人生を経験してゆくことで、

自然にスピリチュアリティ(自己の神聖さ)も取り戻してゆきます。

自分を丁寧に扱うことは、自分を愛すること。

自分を愛することは、自尊心を養っていくことに繋がります。


できないことがある自分もまるごと愛して生きていく。

これこそ瞑想(ディヤーナ)。


「呼吸」を通して「気」の流れを整える

健康的に生きていく上で、身体的に必要なものは「健全な体内システム」。

体は骨格や筋肉のみで作られているわけではありません。皮膚の奥には細胞、血液、リンパ、内臓などたくさん

存在しています。まずは「呼吸」を丁寧にしていくことで、この目に見えない体内システムが整ってゆきます。

クラスの中では様々なアーサナ(ポーズ)をしてゆきますが、全てをこなさなくても良いです。

ポーズを完成させること、周りの人たちのペースに合わせていくことに意識が向いて、「呼吸」が乱れてはヨガの

意味がありません。疲れたり、動きたくない時には大の字になって、休むこともヨガの内。


私のアーサナも完璧ではありません。

常に動き・変化の中にいる私たち。毎回同じでなくて当たり前です。

その時その時の「感情」「感覚」を味わえば良いのです。

ヨガアーサナは自分の可能性を少しづつ広げていくもの。

呼吸も意識も無意識にゆだねて、出てきた思考や感情に蓋をせず、

いいことも悪いこともそのまま見守るようにただ感じる。自分へのコントロールがなくなると、不思議と

外側へのコントロールしたい欲もなくなります。なので、これ以上リラックスできないと言うくらいに、

心・体を完全に解放してみてください。

焦らずとも、内側の不要なものが落ちると外側の変化も始まります。


何はともあれ!ヨガを楽しむことが最大のポイントです♪

難しいことは一旦手放して、まずは「心地いい」で自分を満たしましょう^^


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学びの場

南インド・ゴアが私にとっては始まりの場所でしたが、現在はタイ・パンガン島でクラスを開催。

固定概念に囚われず、色々な変化を見せてくれます。

http://www.shrikaliashram.org