シュリカリのヨガに至るまで

畜産業を営む家に生まれ、動物好きの祖父のおかげでたくさんの生き物にふれながら育ちました。

そのお陰で、「命に垣根はない」「たくさんの命の上に自分が生かされていること」「家畜も人間も植物も命というものに変わりない」という普遍の真理のようなものを、幼い頃からごくごく自然に感じていました。

たくさんの命に触れながら、お転婆に育った7歳の時、

小学校で拾ってきた風邪が元で肺炎を起こし、不運にもウイルスが脳にまわって3日半の意識不明の重体。生死を彷徨いました。

家族はそれはそれは絶望的な数日を過ごしたのでしょうが、当の私は記憶が途切れているので、

大学病院のICUで目が覚めた時は状況が理解できませんでした。


ありがたいことに後遺症もなく、夏休み前に入院して8月中には退院という早さ。

家族はじめ、周囲の大人たちが「よかったね、よかったよかった」となんども口にしているのを見ても、自分がどれだけ瀕死の状態だったかさっぱりわからず日常に戻りました。


記憶は途切れましたけど、目を覚ます少し前に味わった感覚は残っていました。

ただ、それがなんだったのかは二十歳そこそこになるまでわからなかった。


大学の先輩から、おばあちゃんが亡くなった時の話を聞いて、自分が7歳の時に感じたものは紛れもなく生死の境、臨死体験であったことを実感。ゾクッと鳥肌たちました。

目覚める直前の感覚と、このヨガの言わんとする哲学や瞑想、無意識が後々リンクします。


もともと「命」「生と死」というものを側で感じながら育っていた上に、奇跡的にも助かった自分の命があることで、「生まれた意味」「生き残った意味」「命」『自分』ってなんなんだろうと、答えのないことをよく考えてました。7歳、8歳でこれはちょっと早かったような。


流行りを追うより、自分が好きなもの、自分に合うものを選ぶ子どもだったけれど

とは言っても、「自分の色」を持ってる人が羨ましくいたときもありました。

いつの間にか周りの反応に合わせてコンプレックスの塊というか、完璧主義者になっていた。


とりあえず「社会人」になってみて、淡々とした暮らしの中「もういいかな」と思い

ワーキングホリデーで向かった先はオーストラリア。

都会ではなく大自然溢れる西オーストラリアは、ゆったりしていて気持ちいい街でした。

幸運にも現地について1週間もせず、以後親友と呼べる友達とここで出会い共に旅して、

地球って面白い!とか、逆に自分のちっぽけさを知ったり、出会いの喜びを感じました。


帰国後しばらくはまた働き、「観光」ではない旅がしたいなと思っていた時、またひとつ出会いがあって、北海道のニセコにいく事になりました。

予備知識なしで行ってみたらそこは日本ぽさはなくて、パウダースノウをもとめて国内外からたくさん人が集まるところ。

日本感ゼロ。そんな場所にポンといってしまった。

旅をしながら生きる人、生活の中心が雪という人、いろんな生き方してる人たちに出会い、

寮付き・リフト券付きのスキー場内でのお仕事をしつつ、朝・昼・夜と時間がある限り滑ると言う濃い数ヶ月を過ごしました。


直感でスリランカへ

エネルギッシュなニセコでのシーズンを終え、ふと手に取った雑誌で見たスリランカの写真。


「あ、ここはいかなきゃ」と思い計画を練りました。(なぜか、他にも見たいと思っていた観光地は消え失せた)


見たかったのはジェフリー・バワのジャングルの中のホテルとシギリヤロック。

この時はアーユルヴェーダのトリートメントより、お国自体の空気を感じていました。

バスの乗り方わからず、ゲストハウスのおじちゃんに言われるがまま、走るバスに飛び乗ったり、

外国人が誰もいない駅のホームで電車を待ったり。

久々の単独旅は、面倒なこともありつつも楽しめました。


単独旅から岩瀬幸代さん主催のツアーに現地で合流。スリランカの主要箇所を回った6日間。

帰国後にアーユルヴェーダサロンを開きたいとは思ったものの、なんだか自分が欲してるアーユルヴェーダって違う気がする。

そんな悶々としていた時、知り合いから田村ゆみさんの存在を教えてもらいました。


南インドケララ州へ

当時、ゆみさんはカラリパヤットのマッサージをしていて、何度か受けさせていただきました。

そして、ゆみさんとの出会いから、一気にインド・カヌールへと突き進みます。

アーユルヴェーダ病院で、授業を受けつつ、パンチャカルマというオイルを飲んだり、オイルマッサージを受けたりの治療を約40日間ほど体感。

もう一つのアーユルヴェーダ、カラリパヤットという伝統的武術の治療法を行う、人間味溢れるグルカル(お師匠)の教えにも触れ、インド・カヌールと言う町が大好きになりました。

インドもスリランカも「必要なものを必要なだけ」を教えてくれる大切な場所です。


最初はインド英語に驚き、カルチャーショックを受けるも、「郷に入っては郷に従う」精神で、慣れたら都です。

人の活力が溢れるインド、カヌールという町は田舎だけど大きくて、人はとても穏やかで、不便さの中に、日本では失われつつある本質的な暮らしがあります。

現地では、伝承医学アーユルヴェーダ・ユナニ・ホメオパシーも現代医学も仲良く、みんな上手に使っていて風通しの良さを感じました。

帰国する前に、病院で出会った友人に誘われた事で、Shiri Kali Ashramに出会い、数ヶ月ぶりの日本人に出会います。

この出会いが、今に繋がります。

一旦帰国したものの、再びインドへ

利便性、合理性をもとめた高度経済成長をすぎて、「世の中便利になったけど、なんか不便だな」と、シンプルなものからどんどん複雑になって疲れるなぁ。と

子どもの頃から考えてた命のこと、生き方や、世の中に対する疑問がシュリカリアシュラムでヨガを学ぶきっかけでした。


講師になるつもりもなく、自分の「知りたい」だけではじまったヨガの学びですが、

1ヶ月の講師養成講座が終わる頃には「このヨガをみんなに知ってほしい」と、万人に必要なものだと確信しました。

「物事の本質」「自己の価値」を見失いつつある世の中の現状。なおさら自分の価値を知ってほしいと。


私はインドに行くまで、ヨガを日常に取り入れてはいませんでした。

何故なら、ポーズを取ることだけがヨガではないと感じていたから。

習い事で一番好きだった書道が自分にとってはヨガであると思っていたので、

このアシュラムに導かれたのも必然だったのかなと思います。


これまでの自分を振り返ると、いつも生きることの真理を探していた気がします。

回り道しながら色んなことを経験して、点と点が繋がった場所がインドという国。

ここまでの道のりは本当に凸凹で、自分が迷いながらもその時の気持ちに正直に受け止め、一歩踏み出して動いた先に誰かがいて、その先にまた出会いがあってと、すべては出会いが繋いでくれたです。

まさかインドにヨガを学び行くとは考えてもなかったし、ヨガを教えることになるとも思わなかった「今」。

全ての経験と、全ての出会いに感謝。


アーユルヴェーダやShiri Kaliのヨガには、自分らしく生きる智慧・ヒントがあります。

外側に価値を見出したり、癒しを求めがちですが、本来、人は自分自身を知り、癒し、内側から自分の存在を受け入れていける。

断片的ではなく全体性をもって行う伝統的なヨガ、アーユルヴェーダは

自分は自分らしく、その人はその人らしく。

個々の存在を敬い、愛を持って生きて行く。

体だけではなく、心も養う温かいものです。

情報が溢れる現代、伝統的なヨガを通して、自分にとって「何が必要で何が不要か」そんな生き方のヒントに気づくお手伝いができたら幸いです。

空〜はじまりのヨガ〜

インドで学んだヨガとアーユルヴェーダ、旅を通して得てきたものをベースに みなさんの「こころの解放」のお手伝いをしています。 国を超えても、変わらないもの。人と自然が寄り添って生きること。 大切なものはそれほど多くないと気がついたら、自分らしく生きることが始まります^^

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